ティーペアリングのご提案MIRUME TEA PAIRING
三重県松阪市の茶農家に生まれ、名古屋・那古野で日本茶専門店「mirume」を営んでいます。
茶を仕上げるのは、二〇〇六年に天皇杯を受けた茶師。私の父です。
畑から仕上げ、そして一杯を淹れて出すところまで。そのすべてを自分たちの手の内に持つ店として、ティーペアリングのご提案をします。
料理と飲み物を一対として組み、コースをひとつの物語として設計する。ヨーロッパがペアリングと呼ぶこの技術を、日本は四百年前から、逆の向きで磨いてきました。
茶事では、一服の茶を最高の状態で味わうために、料理も、器も、花も、掛物も、その日のために選び抜かれます。飲み物を料理に添えるのではなく、すべてが一服の茶のために設計される。向きは反対でも、料理と飲み物を一対として組み、ひとつの流れをつくるという思想は同じです。
私たちが提案するのは、その作法を、今度は料理を主役にして、現代のコースに持ち込むことです。茶を主役に据えるのではなく、料理という主役の物語に、長く磨かれてきた設計の知恵を添える。コースに、まだ誰も見たことのない一章を加える、ひとつの方法です。
茶は、畑では完成しません。
茶づくりには、二つの専門家がいます。茶農家と、茶師です。
茶農家は、畑のプロです。畑を選び、育て、摘み、蒸して、揉んで、乾かす。ここまでを一次加工と呼び、荒茶ができあがります。茶の品質の土台は、ここで決まります。
茶師は、仕上げのプロです。各地の荒茶を目利きし、いくつもの茶を組み合わせ、火を入れて仕上げる。同じ荒茶でも、どう見立て、どの温度で、どの瞬間に火を止めるかで、味はまるで変わります。畑で茶葉をつくるのが、茶農家。その茶葉を目利きし、組み、火を入れて一杯に仕立てるのが、茶師です。シャンパーニュにおけるシェフ・ド・カーヴ、ウイスキーにおけるブレンダーに近い仕事だと言えば、伝わるでしょうか。
そして、料理に合わせて茶を設計するのは、茶師の領域です。この皿には、この火入れを。このコースには、この組み合わせを。
mirumeの茶を仕上げるのは、二〇〇六年に天皇杯を受けた茶師です。日本茶の歴史で、この栄誉に到達した茶師は、二〇二五年度までで、十八人。その手が、この一杯のために火を入れています。
料理が主役です。茶は、その物語に仕えます。その作法を磨いたのは、四百年の茶事の歴史です。
ティーペアリングの武器と弱点
ティーペアリングには、茶にしかない表現があります。
時間を、編集できます。
ワインもまた、グラスの中で開いていきます。ただ、その変化は待つものです。茶は、変化を設計できます。同じ茶葉でも、一煎目と二煎目は違う顔を持つ。一煎目を前菜に、二煎目をメインに当てれば、一つの茶葉が、客と食事の時間を最後まで共にします。淹れ手が、変化そのものを書ける飲み物です。
温度で、物語を描けます。
茶は、零度の水出しから、九十度の熱い茶まで使えます。同じ茶葉が、温度によってまるで違う表情を見せる。冷たい一杯から温かい一杯へ、コースの流れに合わせて温度を動かせます。これほどの温度域を一枚の葉で行き来できる飲み物は、茶だけです。
うま味と、響き合います。
料理のうま味、とりわけ出汁や、煮込み、熟成させた食材のうま味に、茶はよく響きます。茶は、うま味の成分を自ら持っているからです。料理のうま味と、茶のうま味が響き合い、味に奥行きを与えていく。この相性は、感覚ではなく、成分の話です。
そして、眠りまで設計できます。
夜のコースの終盤、デザートに濃い緑茶を合わせれば、カフェインが客の眠りに残ります。ティーペアリングが、カフェインの設計まで含めて語られることは、まだ多くありません。私たちは、コースの後半に向けてカフェインを落としていき、最後はカフェインを含まない茶で締めます。最高の余韻のまま、客が穏やかに眠りにつくところまで。そこまでを、一つのコースとして設計します。
正直に、弱点も申し上げます。
茶には、ワインのような強い酸がありません。
ワインは、その酸とタンニンで料理の脂を断ち切ります。一口ごとに口の中をリセットし、次の一口を新しくする。これは茶にはできない、ワインの見事な技です。
けれど、私たちはこれを欠点だけでとらえてはいません。
ワインが「断つ」のなら、茶は「包む」。脂を切り捨てるのではなく、うま味とほろ苦さで受けとめ、丸くしていく。弱点であることは認めたうえで、それを別の表現に変えていく。断つペアリングと、包むペアリング。これは優劣ではなく、流儀の違いです。
そして私たちは、茶葉だけで戦います。香料も、果実も、加えません。畑と、製法と、茶師の火入れと、抽出の設計。その四つだけで、料理に寄り添う茶をつくる。混ぜないからこそ、ごまかしがきかない。それが、私たちの選んだ道です。
コースに、句読点を
茶事には、「中立ち」という時間があります。前半の懐石と、後半の濃茶。その二つの間に、客は一度席を立ち、庭に出る。この数分の中断が、中立ちです。
ただ休むための時間ではありません。三つの仕事をしています。ひとつ、張りつめた感覚を、一度ゼロに戻す。ひとつ、その間に亭主が掛物を花に替え、戻ると部屋が別の空間になっている。そしてもうひとつ、物語に区切りを打つ。序があり、間があり、そして本題が来る。区切りがあるから、後半が際立ちます。
現代のコース料理にも、こうした間はあります。魚と肉の間に置かれるグラニテは、その代表でしょう。口をリセットし、次への呼吸をつくる。中立ちと、同じ働きです。
ただ、その間は、たいてい無言で過ぎていきます。
茶なら、ここを、もっと豊かな時間に変えられます。
たとえば、二杯で組む。まず、氷水で抽出した煎茶を、三十ccほど。茶葉に氷水を注ぎ、わずか七分。低い温度でゆっくり引き出すと、渋みや苦みは抑えられ、旨味が前に出てきます。とろりとした旨味が舌に広がり、長い余韻とともに、ざわついた感覚をしずめていく。
その余韻をしばらく味わってもらったあとに、二杯目。砂で炒ったほうじ茶を、四十ccほど、聞香杯のような細長い茶器で。炒ることで生まれる香ばしさが、残っていた旨味をすっと洗い、口の中を空にする。
満たして、切る。この起伏が、ただの口直しを、一つの体験に変えます。空になった口と、整った感覚で、客は後半へ入っていく。
受け身の口直しを、能動的な一章に。それが、茶にできる仕事です。
茶でつくる物語
茶は、料理に合わせるだけのものではありません。茶そのもので、ひとつの物語を語ることができます。いくつかの例を挙げます。
新茶と、熟成茶を並べる。
摘みたての新茶と、同じ畑で穫れた前年の茶。一年ねかせた茶は、新茶にはない深さと、長い余韻を持ちます。ワインの熟成と同じように、時間が茶を変えていく。同じ畑、同じ品種の茶を、今年と去年で並べて出せば、一つの畑が持つ時間の奥行きを、一口で感じてもらえます。その季節のコースに、もう一段の深さを重ねる構成です。
ひとつの品種から、別々の茶をつくる。
たとえば「やぶきた」という同じ品種から、玉露も、深蒸し煎茶も、釜炒り茶も、ほうじ茶も、和紅茶もつくれます。素材は同じ一つの品種。それを別々の製法で仕上げた茶を並べると、同じ葉がこれほど違うものになるという事実を、舌で確かめてもらえます。茶師の仕事そのものを、コースで体験してもらう構成です。
一煎、二煎、三煎で、コースを貫く。
同じ茶葉は、一煎目と二煎目で違う顔を見せます。一煎目の若々しさを前菜に、二煎目の深まりをメインに、三煎目の落ち着きをデザートに。一つの茶葉が、客と食事の時間を最後まで共にします。そして締めには、焙烙でその場で玄米を炒り、その茶葉に加えて玄米茶にする。香りが立ち上がるその瞬間が、コースの最後の見せ場になります。最初の茶葉が、最後にもう一度、違う姿で戻ってきます。
この店だけの、一杯をつくる。
お店のコンセプトや料理に合わせて、いくつもの茶を組み、その店のためだけのブレンドをつくります。なぜこの茶を組んだのか、その理由ごと、一杯に込める。ここでしか飲めない茶は、客がこの店を訪れる理由のひとつになります。
これらは一例にすぎません。コースの構成、季節、お店が表現したいものに合わせて、物語は設計できます。私たちが提供するのは、決まった茶のリストではなく、そのコースのためだけの、茶の物語です。
お茶を、深める。
mirumeのコース実例(秋)
ここでは、ひとつの提案をお見せします。秋のフレンチに、ほうじ茶だけで組んだコースです。ほうじ茶という、たった一語の中に、これだけの幅がある。それを知ってもらうための、少し尖った一例です。もちろん、緑茶や和紅茶を織り交ぜた、より一般的なペアリングも設計します。これは、私たちの引き出しの、いちばん深いところにある一例です。
このコースは、全体を通してカフェインの少ないほうじ茶で組んでいます。夜のコースの終わりに、眠りに残るものを持ち越さないための設計です。
コースの料理に物語があるように、それに寄り添う茶にも、物語をつくりたいと考えています。
提供のデザイン
どう注ぐか。それも、茶の一部です。
何を選ぶかと同じくらい、どう淹れ、どう注ぐかが、その一杯の体験を左右します。茶の提供のしかたについても、ご提案できます。型は、大きく二つあります。
語りながら、目の前で淹れる。
茶は、客の目の前で、いままさに仕上がっていく飲み物です。一杯を淹れるのにかかる、六十秒から九十秒。この時間を、そのまま語りの時間に使えます。茶葉のこと、産地のこと、ときには次の皿のことまで。待つ時間が、間を持て余すのではなく、コースの一場面になります。
あるいは、焙烙で、客の前で茶を焙じる。香りが立ちのぼるその瞬間に、出来立ての一杯が生まれます。
こうした見せ場は、コースの中で一度か二度に絞るほうが、その一杯が際立ちます。
あらかじめ淹れて、出す。
すべてを目の前で淹れる必要はありません。氷水で抽出した茶などは、先に仕上げておき、客の前では、どんな茶なのかを短く添えて注ぐ。語りは、最小限に。
実況する一杯と、静かに注ぐ一杯。この大きく二つの設計で、茶はコースに組み込むことができます。
店にとっての利点
茶は、店にとっても、扱いやすい飲み物です。
ワインのようなセラーは要りません。抜栓して、余った分が無駄になることもない。繊細な緑茶でさえ、適切に保管すれば、開封後も半年から一年は品質を保ちます。仕入れの管理も、保管の場所も、軽い。
そして、飲まない客にこそ、力を発揮します。
車で来た客、お酒を控えている客、妊娠中の客。コースは最高でも、ペアリングだけは諦めてもらうしかなかった。その客に、ワインと同じ満足を、同じ一皿ごとの物語を届けられます。これまで取りこぼしていた体験を、ひとつのコースとして完成させる。
そして私たちがお渡しするのは、茶葉だけではありません。どの皿に、どの茶を、どんな順で。私たちの見立てをお伝えし、そのコースに合う組み立てを、一緒に考えます。料理と茶。それぞれの専門が一つのコースを組むとき、ペアリングは深くなります。
導入の際は、抽出の設計からスタッフへの引き継ぎまで、私が直接うかがいます。そのため、同時にご一緒できる店の数には限りがあります。
mirume 店主 松本壮真
s.matsumoto@mirume-tea.jp